代取マザー、時々おとめ

宝塚の観劇感想メインのブログ。たまたま代取(代表取締役)になったワーキングマザーの日々と哲学。朝夏まなとさんご卒業によるロス真っ只中。しばらくはtwitterにて(@miyakogu5)

宙組・王家に捧ぐ歌 まじめに感想 その8 オペラ「アイーダ」との比較にみる実咲凜音さんの歌と演技

皆様、こんばんは。今日は重い腰を上げて2週間ぶりにジムに行ってきたmiyakoguです。サウナで汗もかいて快適、快適。

実は、今日、ジムで「エリザベート」「退団」という声が聞こえ、むむむ?と思い、その後も注意して聞き耳をたてていると、「宝塚ホテル」「お茶会」「トップスターさんの」という声が聞こえるではありませんか?!メイクも念入りにされています。

これは?と思い、思い切ってお声をかけさせていただくと、本日、まさに朝夏まなとさん=まぁ様のお茶会に行かれるとのことジムで宝塚ファン(おば様)をナンパするmiyakoguです。今後とも、どうぞ仲良くしてくださいね(≧∇≦)

さて、yahooで「王家に捧ぐ歌 感想」で検索するとどうやら、「まじめに感想 その2」が上位に来てしまうことに気づいたmiyakogu。大慌てです。なぜなら、まだ2度目の観劇後に、自分なりに消化できていない状況で書いた感想。誤った印象を与えてはいけないと、アクセスが多い「その2」に一部追記して、まぁ様のラダメスがいかに素晴らしいかを強調しておきました。

さて、オペラ「アイーダ」をDVDで観て、いよいよ、娘役さんについて感想を申し上げたいと思います。真風さんについては、最後にもう一度観劇した後、もしも言葉にすることができるなら書きたいと思います。あの方については「うわ、かっけぇ」「ひぇ、足長っ!」「あら、壁とまた仲良くして」「うへぇ、金髪」「ぐふ、目線」という感想になるからです・・。

 

1.実咲凛音さん=みりおんさんのこと

オペラ「アイーダ」をご覧になったことがある方はお分かりになると思うのですが、原作のアイーダは非常に葛藤に満ちた役なのです。もちろん、宝塚の「王家に捧ぐ歌」はオペラ「アイーダ」に基づき、宝塚のスターシステムに併せて二次創作されているものですので、ポイントは異なりますが概ねのあらすじは原作に忠実です。

みりおんさんは、twitterを拝見したり、宝塚ファンの方にお伺いする声から、以前はどうやら、やや不遇の身とのご様子は察しておりました。雪組、星組というトップコンビ萌えの激しい組を観劇していた身からすると、噂の通りなのかな?という感じも・・。

でも、花組時代から組むことが多かったというまぁ様のもと、梅芸で観劇した「TOP HAT」では本当に伸び伸びと、強気な現代的なヒロインが、かわいく悩みながら恋に落ちる様を大変お上手に演じておられるなぁと感心しておりました。歌が非常にお上手ですので、ミュージカル作品を純粋に楽しめます。ロンドン・ミュージカルの魅力の一つである、軽妙洒脱な感じがぴたりとはまっておられました。

また、以前も書きましたが、演出家の植田先生がみりおんさんに、こんなことを言ったと語っておられます。引用しますね。

「あんたな、主役がこういうかわいらしい娘役が多いときに、あんたはこれから勉強したらアントワネットがやれるよ。アントワネットがやれるスターなんだから、変なことで迷ったらあかんよ、かわいらしくやろとかなんとかいう子じゃなくて、あんたはいつかアントワネットのやれる役者なんだから、勉強しいや」

(以上、P195「宝塚百年を越えて 植田紳爾に聞く」語り手 植田紳爾、聞き手 川崎賢子、国書刊行会、2014年3月)

実は、この本は非常におもしろく、ずばずばと、うわ、そんなこといいの?ということが書いてあります。植田先生の人生も波乱万丈で、植田先生の芯にある寂しさというようなもの、それが舞台とどうつながっていったかを理解でき、百年の歴史を知るにはなかなか読み応えのある本です。(植田景子さんの「Can you Dream? 夢を生きる」もなかなか読み応えがあります)

みりおんさんにとって、前回の「TOP HAT」でのディル役、今回のアイーダ役はまさにはまり役なのではないかと思います。

 

2.オペラ「アイーダ」にみる葛藤

たまたま購入したDVD「オペラ名作鑑賞 Vol.1アイーダ」(世界文化社)がどうも当たりだったらしく、オペラファンの旦那はんが「うへぇ、ロリン・マゼール指揮か、パバロッティにニコライ・ギャウロフ、ファン・ポンスか!」と宝塚ファンが黒燕尾を観た時のような興奮ぶりです。

そのオペラ「アイーダ」のDVDを観て解説を読み、ようやくわかったのですが、「アイーダ」はラダメスを巡る、アイーダとアムネリスの間の恋の争いという要素を軸にもともと構想された作品のようです。この背景には当時の作者ヴェルディのプライベートライフの影響もあったそうな・・。なるほど、勉強になりますなぁ。

そして、それをさらにややこしくしているのが、平時でなく国と国の争い恋も得て国を守りたいアムネリス。でも彼女は愛を得ることはできません。国を救いたい気持ちと恋の間で葛藤するアイーダ。そして、彼女は愛を得ますが命を失います。オペラでは最後の場面、アムネリスは「安らかな眠りを」と牢の外で歌うのです。

愛・国・命を巡る葛藤。今の奴隷(オペラでは身分を隠しています)としての身分と本来の王女としての葛藤、さらに父との葛藤。

オペラでは、「世が世なら私だって、同じ王女」とアイーダが歌う場面があり、そういう葛藤もあることがわかります。また、アイーダには父親であるアモナスロから、国を救えるのはお前しかいないと、情報を得るように迫られます。

アモナスロは美しい国に思いをはせて歌い、かつエチオピアが勝てば、ラダメスと結婚できると言うのです。そこで未来に思いをはせるアイーダ。これが裏切りの原因なんですね。この二重唱こそ、このオペラの聴かせどころとのこと。

アイーダは、非常に入り組んだ「葛藤のただ中にいる役」なのでした。

 

3.みりおんさんの歌と演技

みりおんさんは、こういう強い女性の役がはまる、少し宝塚の娘役の枠をはみ出す力を持った「ミュージカル・スター」なのかな、と思いました。もしかしたら、「ミスサイゴン」のキムのような役がはまるような・・。。

朝夏さんのラダメスに心を奪われた3度目の観劇以前に私が感じた違和感は、ここだったのかもしれません。宝塚らしい少女性の欠如と思ってしまったのは。そういう役・作品・演出なのです、そもそもが。

木村先生の作品は、私は他では真風さん主演の『日のあたる方(ほう)へ ―私という名の他者―』しか観ていないので、限られた経験で申し訳ないのですが、宝塚の枠をはみ出るような演劇作品を創作される方ではないかと思っております。そして、それは宝塚歌劇団としてとても大事なことだと思っております。誰も彼もが、宝塚らしい作品ばかりを創作されるようになったら、それは組織の総合的な力の衰えにつながると思うからです。

「王家に捧ぐ歌」において、ミュージカル・スターとしてのみりおんさんは、ぴたりとはまっておられると思いました。強さと高貴さを表現できる娘役さんは、宝塚の中ではなかなか得がたい存在だと、植田先生が語っておられるように・・・。

 ただ、一つだけ、できればと思うことがあります。歌の上手な方だけに、もう一つ上にと思ってしまうことをお許しいただきたいのですが、彼女なら強く声を張り上げて強さを表現するだけでなく、細く小さな声だけれども、劇場の最後列に届く声をお出しになれると思うのです。劇場一杯に朗々と響く声、歌は既にお持ちです。最後列にまで届く、しかし感情のゆらぎや繊細さ、アイーダの複雑な葛藤を表現しうる声。一流のミュージカル・スターはその力があるように思うのです。音階的に正しい歌唱というより、役を生きている感情が、まさに今ゆらいでるということを声に乗せた表現

そして、実はまぁ様は、その力を得始めておられるのではないかと思います。みりおんさんについても、3度目の観劇の時、1度目・2度目よりも、あ、今そういった声を出しておられるかな、という場面がありました。おそらく、さらに進化されていることと思います。来週末の観劇、楽しみです。

あ、結局は真風さんの金髪黒燕尾のことしか、覚えていない懸念もあります。そうなったらお許しください・・。

 

さぁて、寝なくては!!明日は娘が公開テストで早起きなのです・・。うっかりこんな時間やん?!勉強しなくてはいけないこともあるのに!送っていったら、帰って二度寝、その後、勉強します・・。

※結局、「王家に捧ぐ歌」について19個もの記事を書いていて自分に呆れました。よろしければご覧下さい(^-^)。

mothercoenote.hatenablog.com