読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

代取マザー、時々おとめ

宝塚の観劇感想。たまたま代取(代表取締役)になったワーキングマザーの日々と哲学。

母乳育児と産後1ヶ月のお母さん 無力で情けない新米母だった自分に言いたいこと

ワーキングマザー子育術

木曜日、週の後半は疲れますね。しかし、少しばかり夕焼け空が垣間見え、うれしいmiyakoguです。

Yahoo!ニュースに掲載された毎日新聞の「偽母乳ネット販売」に関する記事をご覧になった方も多いのではないかと思います。いくつかの記事を読んで、とてもとても気になりました。産後すぐの追い詰められがちな新米お母さんのことが。

なぜか? 自分もそうだったからです。

 

1.明らかにおかしかった産後1ヶ月

いやはや・・。こう見えてもmiyakogu、一応、コンサルタントであり、社長であり、冷静な判断を普段はしており、オフィスでも家でも声を荒げることはほとんどございません。(おそらく、低血圧なため、頭にかっと血が昇りにくいというだけのことだとは思いますが・・)

何だか涼し気にいろんなことをこなしているかのように見えるらしく、「いえ、メインのお惣菜はスーパーで買いますよ」、「掃除は週1」という哲学を披露し、「完璧になんてできるわけないですよ!」とお伝えすると、後輩女子にものすごーーく安堵されます。

ある日のこと、「もうね、出産後1ヶ月、あの時は今から考えると”プチうつ”入ってたと思います」とある男性に申し上げたところ、大変喜ばれたのです。なぜでしょう?

miyakoguさんですらそうなるんだったら、うちの嫁がなって当然ですね」と。

その時以来、私がいかにわやくちゃな状態だったか、各方面で積極的にお話しするようにしています。私にできるささやかな社会貢献なのかもしれないと思ったからです。

 

2.出産後のわやくちゃな(※)精神状態とは?

※関西の言葉で、「めちゃくちゃな」(北海道なども言うようですね)

さて、それはどういう状況なのでしょうか?

miyakoguは、お仕事で結構いろいろな経験をさせてもらっており、ラオスの工業団地目指して、赤土むき出しの雨上がりの道路を車がぐわんぐわんとなる中、僻地へ乗り込んだり、カンボジアでお腹を壊して打合せ途中に離席、お手洗いでせっせとパンツを洗ったことだってあります(詳細は避けます、ご推察ください)。

しかし、そういう状況だっていつでも、どちらかというと自分を客観視して、「こんな状況にいる俺って」とすぐ笑いに変えてしまう、根っからの関西人です。

しかーーーし!そんなmiyakoguにとって、今までの人生で最も一番辛かった時期、それは出産後1ヶ月、いえ2週間だったか3週間だったか、とにかくあの細切れの睡眠の中、一人の命を初めてずっしりと預かったことに対する緊張と恐れに満ちたあの1ヶ月間です。

miyakoguは当時、40少し前。多少のことには動じない面の厚さも、大阪のプレおばちゃんらしい割り切りも備えていました。おまけに、姉の三人姉妹になぜか異様に好かれ、小さな子のお世話は大の得意。30代後半ですぐに妊娠しただけの体力もあり、赤ちゃん?大丈夫よ、新米とはいえ、どーーんと来い状態だったのです。

しかしながら、そのようなものは、産後すぐの授乳開始とともに、すぐに崩れ去りました。何がmiyakogu襲ったのでしょうか?

 

とにかく痛いのです。乳首が。「歯、生えてんとちゃうん?」というくらい、とても痛いのです。そして、眠いのです。細切れに泣く赤ちゃん。1時間半から2時間半くらいの間隔でしか眠れていなかったと思います。

ほわほわで、少しのことで折れそうで、繊細で、でも案外重みがあり、あったかくてずっしりとしていて、そこに確かに息づいている命。この命は、赤ちゃんが泣くたびに確実に私が起き、授乳しなくては無くなってしまいかねないのです。その緊張感と恐れ。

産後すぐ、産院では赤ちゃんを預かってもらえ、ぐっすり眠ることができました。しかし、母乳育児を推奨し密着型の母子関係を築くことに配慮されていたその産院では、3日目くらいからでしょうか?夜も自室で授乳することになっていました。最初の夜、私はいそいそと起き授乳し、あやしました。何と言っても出産直後はよく寝てますからね、余裕です。

しかし、赤ちゃんはなかなか寝ません。ずっと泣きます。何がどう不満なのか、さっぱりわかりません。学習だけはばっちりしてあった新米お母さんのmiyakogu(とにかく何でもまず資料を読み込む癖があります)、すぐに母乳は出ないとわかっていましたから、早速ナースコールです。そして、調乳が速やかに届けられたのでした。

 

問題は、というか戦いは実家に戻ってからでした。

細切れに起きる赤ちゃん、授乳が終わっても泣き止みません。睡眠不足の朦朧とした頭で、思うのはただ一つです。「母乳が足りてないんだわ」。ですので、用意してあったミルク簡単づくりセット(40度に保たれた魔法瓶、煮沸消毒の哺乳瓶数本)でミルクを少し足し、後は抱っこをしながらゆらゆらと寝かしつけの繰り返しです。

私の場合は、「高齢出産だし、出なくて当たり前かも」という逃げ場が多少ありました。しかし、赤ちゃんがなかなか泣き止まず、ようやく寝てくれた時、薄れ行く意識の中でこう思いました。

「この子は、姉(三人姉妹の母)のところの4番目の子に生まれてきた方が幸せだったのに」と。

「自分のように、おっぱいが十分に出ないお母さんのところに生まれてきて、しかも新米で泣き止ませることができない、無力なお母さんのところに生まれてきて、何てかわいそうなんだろう」と。

いえ、落ち着けよという話ですよね?でも、産後1ヶ月の睡眠不足でふらふらのお母さんに何を言おうが、そんなもんは通じません。私の場合、ようやく寝たと思ったしばらく後、再び起される泣き声は、恐怖を持ってこちらに迫ってくるサイレンのようにさえ、思えました。

できれば、ビジネスの場のように、「では3時間後に」と手帳に記し、きっちりと3時間後、アポイントのように赤ちゃんが起きないかなとも思いました。あほみたいな話ですが、真剣にそう願ったものです。

その上、母乳でその場を「おしまい」とできない自分は、悲壮な責任感を持って哺乳瓶を夜中や早朝に煮沸消毒していたのです。私のために、この子に何かよろしくないばい菌が口に入ってはだめだと。たっぷりのお湯を沸かし、ぐつぐつと哺乳瓶を煮沸消毒。鬼気迫る光景です。

いえ、本来は寝るべきだったのです。母親か誰かに任せて。あるいは哺乳瓶を倍くらい買い込んでまとめて消毒するか、レンジでチンの消毒剤を使えばよかったのです。でも、それはできませんでした。万一、消毒の液が残って、化学物質を口に入れてはいけないと。本来は母乳だけでいけるはずなのだと・・。

 

しかし、今になってみるとよくわかるのです。

赤ちゃんは何もお腹がすいて泣いていたのではなく、心細くて、誰かにひっついていたくて、お腹の中にいたときのように鼓動を感じて、暖かな場所に包まれていたくて泣いていただけなんだろうと。

少し母乳が足りていない側面は実際にあったかもしれません。しかし、そこそこ本当は足りていたのです、おそらくは。その証拠に赤ちゃん時代の娘は、それはまぁ、立派に丸々としており(まぁ、おデブちゃんですかね)、ミルクを足す必要はなかったのだと、今になってみるとわかります。

 

4.(プチ)悲劇の現場

そして、ある日、(プチ)悲劇が起こります。その日、赤ちゃんはおっぱいとミルクの後、なかなか泣き止まず、睡眠時間が細切れで全く理性を失っていたmiyakoguは、「そんなに欲しいなら、飲みなさいよ!!」ともう一回、ミルクを足したのです。少し大きくなってきたので、足りてないのだろうと。(単に乳首を含みながら寝たかったのだろうと今なら、わかります

一気に飲み干し(口を動かすことで満足を得て)、落ち着く赤ちゃん。寝ようとする私。その直後、「ぴんぽーーん」。宅急便のお兄さんに起されたのです。ようやく寝たところを!!!

「ほんげーー」、びっくりして起きて泣く赤ちゃん。這うように応対する私。

そして、戻ってみると、娘は明らかに小さな胃に多すぎたであろうミルクを泣いたと同時に吐いていたのです。(幸いにして、口は横向きでしたので、息が詰まることはありませんでした)。

赤ちゃんを抱きかかえて号泣するmiyakogu。

私のせいで、至らぬ新米お母さんの自分のせいで、こんなに小さな身体の赤ちゃんがミルクを吐いてしまったのです。吐くという行為が、この小さな身体にかけたであろう負担。

全部、私のせいなのです。

「ごめんね、こんなお母さんで」、私は赤ちゃんをそっと抱きしめて、号泣しました。今ですら書いていて、あの時の思い出が蘇っただけで、泣けてきます。

 

5.本当は大丈夫

その後、私は数々読んだ本では決して推奨されていなかった「添い寝おっぱい」に踏み切り(二人目ママは産院からそうしていました)、ようやく身体を休めることができるようになり、少しずつ寝る時間が長くなった娘とともに貴重な時間をともに過ごしたのです。

二度とない、美しい、けれど必死で、今から思うと泣けるようなかわいそうな新米お母さんの時間。今の私が、あの時の私を手伝うことができたら思います。そしてこんなふうに声をかけたいのです。

「大丈夫よ、子どもは育つから、母乳でもミルクでも」
「他のことはすべて放って寝なさい、全部やっておいてあげるから」と。

長じて振り返ると、娘はただただ、ひっついていただけだったのだと思います。それが心の支えだったのだろうと・・。

 

細切れ睡眠の赤ちゃんだった娘は今では小学高学年。実は今日、私が6時半に帰った時点で既に熟睡、以降、ずっと寝ています・・。

その間にカレーをつくり、ルーが不足していることに気づきもう一度買物に行き、この長い記事を書きました。でも一向に、全くもって起きる気配はありません。さすが、春休みに14時間睡眠記録を打ち立てた娘です。

 

いい加減、起きたらどないやの?! お母さん、もうカレー、先に食べるで!!

寝続けるのもまた問題なのだと、新たな問題に直面するmiyakoguです・・。