代取マザー、時々おとめ

宝塚の観劇感想メインのブログ。たまたま代取(代表取締役)になったワーキングマザーの日々と哲学。朝夏まなとさんご卒業によるロス真っ只中。しばらくはtwitterにて(@miyakogu5)

宝塚宙組・エリザベート 感想1 核心をつく朝夏トートの妖艶さ、みりおんシシィの絶唱に心からの拍手を

皆さま、こんにちは。7月23日11時公演、宝塚大劇場にて宙組さん「エリザベート」を観劇してまいりました。その感想を、熱くわぁわぁと興奮のまままにお送りします。

こちらは2階で販売されているハンガリーの「トカイワイン」です。甘く濃いお味でした。

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 (感想を以下にまとめてみました。よろしければどうぞ!)

mothercoenote.hatenablog.com


1.素晴らしい公演に拍手を

とてもとても素晴らしかった公演でした。予想以上です。驚きました。特に2幕!

実は最初、愛月ひかるさんのルキーニが、外見は完璧ながら若干あっさり風味でややインパクトに欠けるかな?という出だし。朝夏まなとさんの声も本調子ではない部分があり、むむむ?と感じたのです。

しかし、実咲凜音さんが登場され、「パパみたいに」と少女の澄んだ声で歌い始められたところから、「これは?!」となりました。

そして、朝夏まなとさんの両性具有的なロックバンドのスーパースターのようなトートに再び、むむむ?と思っていたところ(後で述べますが、実はそれが正解でした)、2幕 戴冠式後の「私が踊る時」の銀橋でのトートVSシシイに「うわ、何この2人の迫力!」となり、後はもう引き込まれまくり、あっという間に2幕が終わり、どきどきのフィナーレに。

 

小池先生がまぁ様のトートについて「核心をついたトート」とおっしゃていた意味がよくわかり、まぁ様のトートの造型になるほど!と打たれました。

加えて、何よりも実咲凜音さんの歌と演技!本当に素晴らしかったのです。特に2幕。魂がもうこの地上にはとどまっていないかのような浮遊感を出しておられ、驚きました。憑依的な演技です。小池先生もパンフレットで書いておられますが、まさに集大成の迫力。私はみりおんさんの歌に本日、2回泣きました。

フランツの真風涼帆さんの美しいビジュアルと大変に上達された歌、愛月ひかるさんの狂気をはらんだ目つきと風貌、桜木みなとさんの迫真のルドルフ、澄輝さやとさん率いる美しい革命家達。

宙組の「エリザベート」。さすが、東京公演中に宝塚歌劇団が上演1000回を迎えるためのものです。感服いたしました。心からの拍手をお送り申し上げます。

常に褒めるところを探している当ブログでありますが、今作品については掛け値なしに、かつ贔屓目も抜きで、です。

 

2.朝夏まなとさんの核心をついたトートとは?

1)公演パンフレットとインタビュー本から読み解くトートの原像

公演パンフレットで小池修一郎先生も書かれていますとおり、ご存知の方もおられるかもしれませんが、今年6月に「ミュージカル『エリザベート』はこうして生まれた」という本が、日之出出版から出ています。先日、私も書店にて発見。熟読して臨んだ観劇でした。

この本は、原作者であるミヒャエル・クンツェ氏、シルヴェスター・リーヴァイ氏、小池修一郎先生を中心にすべてインタビューで構成された本です。この本が「エリザベート」創造の核心に迫る非常に興味深い内容なのです。

小池先生が挨拶でご紹介されているとおり、クンツェ氏が「死を恋人にすることでハッピー・エンドが描ける」との閃きを語っておられ、小池先生にとって衝撃的であったと書いておられます。加えて、小池先生はパンフレットで以下のように書かれています。

「原台本にはトート(死)は、「現代のポップスターのように両性具有(アンドロギュヌス)的である」と描写されている。」

小池修一郎氏著、出典:宝塚歌劇団「エリザベート」公演パンフレット

 

また、クンツェ氏は同著書の中のインタビューでこのようにも語っておられます。

「トートは、エリザベートが官能的な夢の中で彼女が想像する愛人のビジュアルでなくてはならない、と。」

そして、miyakoguは以下に大変、衝撃を受けました。これこそ、宝塚歌劇団が上演する意味がまさにあったと思ったからです。

「さらにトートは中性的でなくてはいけません。トートは男らしいだけではなく、どちらの性別の者にとっても魅力的でなければならないのです。」

以上2文についてはミヒャエル・クンツェ氏談、出典:「ミュージカル『エリザベート』はこうして生まれた」日之出出版、2016年

 

2)核心をつく朝夏トートの意味とは?

朝夏まなとさんのトートについて「核心をついている」と小池先生が評された意味が、本日、とてもよくわかりました。

黒天使を従えて歌い踊るまぁ様は、まさにロックバンドのスーパースターのようであり、かつ、とても妖艶だったのです。手の使い方も、目線も、表情も。小池先生はデヴィッド・ボウイやフレディ・マーキュリーの名前を挙げておられますが、まさに。そしてそれこそ、元々の台本に書いてあったとおりのトートなのです。

私と一緒に観劇していた旦那はんと二人とも、「どこか生々しさがあるトート」だと少し落ち着かない気持ちになったのですが、実はその落ち着かない気持ちこそ、まぁ様トートから受け止めた妖艶さによるどきどきだったのかもしれません。

非常にややこしい言い方になりますが、まぁ様のトートは生々しい色気を感じさせる「死」=黄泉の帝王でした。

これは演出の小柳菜穂子先生のお力だと思いますが、登場場面がまさにスーパースターの登場のようなめちゃくちゃかっこいい演出であり、死の世界に君臨する色気のある「帝王」です。

だからこその、黒に青紫が少し混じった長い髪だったのでしょう。そして、公演パンフレット表紙のまぁ様は、まさに男性のようであり、女性のようでもあり、両性具有の魅力に溢れた美しさです。「日本初演から20年」というページの左側のまぁ様のお写真もそうで、ぜひ手に取ってご確認ください。目元のお化粧も変化しています。

 

3)必見のまぁ様トートの演技

まぁ様について、書いているともうそれだけで大作になりそうなのですが、とにかく以下が必見かと思います。

・登場シーン →ひたすらかっこいい帝王
・最後のダンス →黒天使を従えたロックバンドのスーパースター
・銀橋でみりおんさんと歌う「私が踊る時」 →まぁみり二人のザ・対決、ひたすら迫力
・闇が広がる →ずんちゃんルドルフとの組み合わせが神であり、官能的
・シシィの居室と葬儀の場面 →机や棺の上に座られるのですが、ひたすら脚が長い!とにかく長い!!
・運動の間(医師としてシシィを診る場面です) →シシィの胸元のリボンを解き落とし、頬を撫でる手がひたすらエロい!何か始まるのかと期待するmiyakogu←あほ
・霊廟(フランツとの最終答弁の場面) →ものすごい迫力のまぁ様と真風さんとのザ・対決

 

ちょっともう書ききれんから、おばちゃん、次行くわな。とにかく、まぁ様。頭いいわ、あの方!やっぱり。

深い解釈に基づく、繊細でいて大胆なまぁ様トートの演技と造型。お歌はところどころ、まだ安定していないかもしれませんが、おそらくあの方の場合、完璧に仕上がっていくと期待できます。これからご観劇の皆さま、どうぞおおいなる期待を!

(次はみりおんさんについて。今日、これ終わるかしら?)

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