代取マザー、時々おとめ

宝塚の観劇感想メインのブログ。たまたま代取(代表取締役)になったワーキングマザーの日々と哲学。

宝塚観劇サイトでの引用について 文章引用はもちろんいいのですが・・、気づいていた件はあります

皆さま、こんにちは。快晴の週末、お元気ですか?

DeNAさんのキュレーションメディア「WELQ」や「MERY」等において、根拠が不明確な記事があったことや、記事や画像が個人サイトから無断転用されていた件が、話題になっていますね。

本件については、「代表取締役社長兼CEO 守安功からの一連の事態に対するお詫びとご説明」という内容が、DeNAさんからのプレスリリースとして、12月1日に出されています。

 

以前に、宝塚歌劇団の舞台を紹介する、あるまとめ的なサイトにて、ブログ名を明記の上、記事を「引用」していただいたことがあります。出典を明記した上での「引用」は著作権法上、正当な範囲であれば認められており、元の著作者の許可を得る必要もありません。※文章について、です。

 

【著作権法第三十二条】

公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。

 

当ブログから引用されていた記事は2015年7月19日付けのもので、当該サイトから当ブログに飛んでこられた方がおられたため、当該サイトに気づきました。「あら、光栄だわ」くらいのノリです。しかし・・。

「うん?おかしいな?」と思ったのは、その次の「地の文章」でした。それは「引用」されていた形式ではなく、記事の中の文章として、以下のように書かれていました。

 

 (当ブログ 2015.7.21の記事)

晴興の悲劇は、村人の子どもたちとの交流の中に星を見出す繊細さと、徳川吉宗の圧倒されるような強い光を放つ星を見出す聡明さの中で、彼が二つに引き裂かれていくところにあるように思います。

 

 (当該サイトに掲載されていた文章)

晴興の悲劇は、村の子達との交流の中に星を見出す繊細さと、徳川吉宗の持つ強い光の星を望む聡明さの中で、二つに引き裂かれていくところにあります。

※出典は本来、明記すべきですが伏せます。

 

ご存知の方も多いとは思いますが、同様の内容を、別々の人が、別々の場所で、他人の著作物を「知らずに」たまたま創作するということは十分にありえることであり、それは著作権法上、全く問題ない行為です。

ただ、7月19日の記事を引用されていた方が、直後の21日の文章を読んでいる可能性は一定程度あるかと思われ、そのサイトの当該記事は当ブログの記事よりも後にアップされたものでした。

 

最初、気がついたときは驚きました。

私は宝塚歌劇団・雪組の「星逢一夜」がとても好きで、うぉぉぉーーーっとなって日々、書き続け、主人公である晴興のことについて真剣に考えた結果、そう思って書いた文章でした。

あの舞台を観て、私とほぼ同じようなことを考え、結果的に同じような文章を書き綴ったという方がおられる可能性はもちろん、否定できません。ただ、徳川吉宗もまた、晴興にとっての星なのだという発想はしたとしても、とてもよく似た文章になるかどうかは、疑問ではあります。

 

書かれた側の方は、私の専門領域の一つが著作権を含む知的財産であることも、当人が読んでいることもご存知ないでしょう。分量的にはごくわずかな文章であり、当時、改めて質問状を送る等のアクションを取ることはしませんでした。

でも、ある可能性をはらむ文章であるということは気づいていました。そして残念に思いました。書き手の方はお仕事、あるいは副業でその記事を書かれたかと思いますが、少なくとも宝塚の舞台を観ておられる方で、働き女子ではないかと思うからです。

ただ、本当のことはわかりません。私と発想が似ていて、結果的にアウトプットする文章の傾向が似た方がおられるなら、それは逆に驚くほど楽しいことです。ネットの大海の中での、そういう偶然の出会いであるなら、嬉しく思います。ただの偶然であるなら、どうぞまた当ブログにお越しください。