代取マザー、時々おとめ

宝塚の観劇感想メインのブログ。たまたま代取(代表取締役)になったワーキングマザーの日々と哲学。twitterは@miyakogu5。

宙組・FLIYING SAPA(フライングサパ) 漂白された記憶を越えて、感想と勝手な考察

※日生劇場も千秋楽を迎えたので、少しだけ加筆修正を加えて再掲いたしますね。

梅田芸術劇場・宙組公演「FLYING SAPA -フライングサパー」。上田久美子先生が「波紋や喧噪が生まれるのを期待して」とご挨拶で書かれたとおり確信犯的に世に放たれたこの演劇。miyakoguは12月の手術前に最後に見た宝塚大劇場宙組公演千秋楽から8か月のブランクを越えて、8/8 11:30公演を観劇してまいりましたので、その感想と若干の考察(妄想?)をお送りします。

宙組に終わり、宙組に始まるですよ!だんだんだんっ!(注 激しく浮かれている)

総論から言えば、よくぞやり切った、宙組の皆様!コロナ禍の中で何とか上演できた奇跡、美しい音楽と映像。ネタバレ含みますね。一度だけの観劇ですので誤解や不十分な点もあると思います。ご容赦ください💦

f:id:miyakogu:20200810183846j:plain

 

 

1.不思議な美しさをキープした舞台

この舞台の最大の特徴は、凄絶な戦場の記憶に触れざるを得ない物語(特に2幕)にあって尚、舞台が不思議に”美しい”ということです。

演じるのが、背が高くスタイルのいい男役さんが多い宙組であり、真ん中に立つトップスター・真風涼帆さんが、水星(ポルンカ)の世界の中で、記憶を無くした兵士として白いコートもセーターも何を着てもただただ立っているだけで様になる。そのビジュアル面の力が、大きくモノを言う舞台になっていると思います。

今回、感動いたしましたのが、宇宙空間の物語であることを支えるどこか浮遊感のある美しい三宅純氏の音楽と、光の粒を散らしたような抽象画の趣のある上田大樹氏の美しい映像。その世界にスタイリッシュな宙組の皆様が見事にマッチして、美しい舞台を作り上げておられることです。優れたクリエイターの力を結びつけた上田久美子先生の手腕に拍手を送ります。特に、1幕ラストの光の粒が川のように見える映像は圧巻でした。

戦後75周年を迎えた我が国において、幼少期に戦争の記憶がある親族に話を聞くと、「空が燃えるように赤かった」ことを話すことが多いように思います。凄惨な戦争の空のはずなのに、その空は奇妙に赤く輝き人々の記憶に残り続けている。2幕のミレナの凄惨な記憶の場面、恐ろしいのに、奇妙に美しく赤い空の映像が記憶に残りました。

 

2.消してしまいたい凄惨な記憶

2幕、水星ポルンカの中心にある謎のクレーター「サパ」に保存されていた人々の記憶のデータベースと星風まどかさんが演じるミレナの意識が、総統01によって結合されたことにより、真風さん演じるオバクは見てしまうのです。総統01(汝鳥怜さん)とミレナの地球での凄惨な記憶を、真風さんオバク自身の記憶とともに。この愚かさを許せるのか?と詰め寄られながら。

人類が愚かに争いを繰り返していた地球において、敗戦国の人間として戦火に逃げまどい、妻と娘を敵兵に奪われた難民ブコビッチ(後の総統01。若き日を穂稀せりさんが見事に演じておられます)。目の前で大切な家族を守れなかった痛恨の記憶。

同じく敗戦国の人間として戦火の中で祖母・母とはぐれ、敵兵につかまり幼い少女であるにも関わらず過酷な運命に直面するミレナ。少女の身体に刻まれてしまった凄惨な記憶。

優れた科学者であるブコビッチは少女からその凄惨な記憶を消し去り、喪った娘の名前「ミレナ」を付け、二人は難民としてポルンカ行きの船に手をつないで乗ります

真風さんオバクの父は戦勝国側の優秀な科学者(星月梨旺さんが人間味を持って演じておられます)です。オバク(サーシャ)の父が、医療用に完成させていた意識管理システムを統合すれば、誰かが何か”愚かな悪”をたくらんでも事前にキャッチしその考えを除去=“漂白”できます。ブコビッチの考えでは、二度と地球で繰り返された戦争のような愚かで凄惨な世界にはならない。

そのために、ブコビッチが発明した「へその緒」とサーシャ父が発明した意識管理システムの統合が必要でしたが、政治的利用を懸念するサーシャ父はそのシステムを渡しません。ブコビッチは宇宙船の中で、サーシャの父母、同席していたイレエナ(夢白あやさん)の母を殺し、船長を脅迫してでも自分の理想の完遂を目ざすのです。

その理性的な狂気。ブコビッチの狂おしいほどの大きな悲哀。

 

オバク真風さんの見た記憶として彼らの過去が明らかにされる場面。1幕で独裁者として登場する総統01の哀しみが舞台から観客席にひたひたと、大きな波となって押し寄せるようでした。

オバクと総統01(若きブコビッチも共に)が対峙するこの場面。叫びとともに見事に演じ切られた真風さん、総統01の汝鳥さん、若きブコビッチを演じた穂稀せりさんの特筆すべき演技に、心からの拍手を送りたいと思います。

ブコビッチとミレナの記憶が凄惨であればあるほど真風さんの叫びが観客側に迫るのです。

2幕のこの場面はなかなかに恐ろしい場面。せめてフィナーレ、ミラーボールとか回っててほしかったわぁ・・(T_T) ←世界観台無しなんで、落ち着いて、miyakoguさん。(雪組全ツでミラーボール6回も回ってくれて、梅芸で涙しました。ありがとう、雪組さん!!)

 

3.眠れない夜からの救済

水星ポルンカの夜は長く、1つの夜の間に地球上の夜が88回あります。オバク真風さんの冒頭のナレーションにあるとおり、後何回眠れば朝が来るのか。ポルンカに生きる人々は眠れないこと、後味の悪い夢を見ることに悩まされていることが多い。

危険思想の漂白に加えて、人間を許せない、そんな記憶はすべて消し去りたい。それが総統01の考えだったのではないかと思います。

ただ、自分が何者かわからない不安もまた、人々を眠れない夜に突き落とすものです総統01も記憶のデータベースに自分の消し去りたい記憶を移していたでしょう。これは私の勝手な妄想ですが、システム管理の権限を有するであろう彼は、それでも時々、地球の記憶にアクセスしたのではないかと思うのです。

消し去りたい記憶、けれど失いたくない記憶もそこにある。家族とともに合った記憶も。

すべてをシステムで管理できる、管理してみせると思っていた彼を、宇宙船の中で眠らせてくれたのは実のところ、戦火の中で手を取った少女=自分の娘の名前を付けたミレナのリアルな寝息や体温ではなかったと私は想像します。

幼い子どもを守ったことにより、守られ癒されたのは実は彼の側ではなかったかと思うのです。

終盤、彼は撃たれ、ミレナの腕の中で息を引き取ります。その死は、志半ばで無念というより安らかな眠りに見えました

 

4.コードナンバーの素数と総統01が創り出した世界

宇宙船の中で平和に語り合う青年サーシャ(真風さんオバクが記憶を無くす前の名前)、婚約者のイレエナ(クールでなく優しいお姉さま)、イレエナとサーシャやサーシャ父を慕う少女ミレナ(まどかちゃんの声の演じ分けがお見事)。

サーシャとミレナは「大きい素数」について話したことがあるのですね。後にオバクのコードナンバーになる30111。総統01に続くように、ミレナには2が割り当てられています。

物語の狂言回しのような役割を演じるズーピン(優希しおんさんが「真夏の世の夢」のパックのように軽々とジャンプしながら生き生きと)は確か30015。3× 3× 5× 23 × 29で構成され、深読みし過ぎかもしれませんが、一見、普通に見えるのに23や29で割り切れる意外性があり、ズーピンが繰り返し語るようにいかにも「使える」数字です。

私のあくまで勝手な解釈です。ただ、総統01は単純にコードナンバーを割り当てたとは思えないのです。

一見ばらばらと不規則に登場するように見える素数の出現ですが、実は規則性があると予想されており、宇宙の秘密を握っているらしい。素数は「創造主の暗号」と言われているとのこと。私は2009年に放映されたNHKドキュメンタリー『魔性の難問 ~リーマン予想・天才たちの闘い~ 』で初めて知りました。

確かウランが崩壊する際のエネルギーの間隔と素数の出現の間隔が似ていることが(正確にはもっと違う言葉のはずですが)、物理学者と数学者の偶然の会話の中で明らかにされていく過程が番組の中で紹介されていたと覚えています。

天才科学者である総統01(ブコビッチ)は、自分が望んで創った平穏なはずの世界が、いつか壊れる運命にあると予想していた気がします彼が眠りにつく姿を見ていると、むしろいつか、誰かが登場してその世界を打破することを無意識のうちに望んでいたのではないかと思ったのです。(あくまで私の妄想気味の考察です)

消してしまいたい記憶は、他の輝く記憶と一緒にあります。同様に、人の愚かさだけを取り出して排除することはできない。人生は、運命は、丸ごと受け止める他ない。

総統01は、自分が作り上げた世界を壊すことができる、違うやり方を示すことができる人物の登場を待っていたように私には思えました。そして、その可能性のある人物に素数のコードナンバーを意図的に割り当てたのではないか。サーシャ(オバク)は別の方法を切り拓ける「それでも許すと言える人物」だったのだと思います。

徹底的に管理された社会の中に仕組まれた暗号としての素数のコードナンバー。最初の素数のミレナと、大きな素数のオバク(サーシャ)。彼らは偶然でなく、自分以外に分かり合える相手を見つけられない孤独を抱えながら、記憶を失ってもなお、いつか宇宙の法則に従って「出会うべくして出会った」ように、私には思えました。

科学大臣98、アンカーウーマン777、記者8324。役名に数字が示してあるこの人たちのナンバーはいずれも素数ではありません。柴藤りゅうさんが気品を持って演じるスポークスパーソン101は素数であり、彼はどちらにでも行ける可能性を持った人だったのだろうと思います。

 

5.役者・真風さんと印象に残った方々

・真風涼帆さん(サーシャ、記憶を失ってからは兵士オバク)

真風さんは開演アナウンスの時点から、ポルンカに我々を連れていくようで、暗くなった会場は宇宙船の出発を待つかのようでした。ブコビッチとミレナの記憶、オバクの記憶を見せられた場面での懊悩の叫びは、役者・真風」だったと思います。

私が一番好きだったのは、コートを脱いだシンプルなセーター姿。長い脚の膝を立てミレナの頭をのせて眠らせてあげる姿は「お、俺も頼む!!!」と立ち上がりそうになりましたね。

ばんばんばんっ!!(注 キーボード連打)

 

・星風まどかさん(ミレナ)

トップ娘役としては異例のお役。あんな辛い場面をうちのかわいいまどちにさせるなんて!とちょっと過保護になりそうですが、少女時代と今の声やしぐさの演じ分け、見事だったと思います。

 

・芹香斗亜さん(精神科医ノア。SAPAにある違法ホテルに滞在)

この演目の中の優しい冷静な良心のようなお役。SAPAの中心地に向かう野営地で歌う優しい声がとても印象的でした。イエレナを包み、癒すのですね。優しい精神科医です。

 

・松風輝さん(テウダ。歩けない少年の車いすを押す母)

美しく優しい声の演技、優しい子守唄がお見事でした。寿つかささんが味わいを持って演じておられるタルコフとのささやかなロマンスが気になるところ。結末はお見届けください。

 

・瑠風輝さん(科学大臣98、ペレルマン)

ミレナの婚約者。シンプルに好青年なのか、サイボーグのような人なのか、総統に忠誠心が強すぎるのか、やや謎のキャラをまっすぐに迷いなくええ声で演じておられます。

 

・柴藤りゅうさん(スポークスパーソン101)

真っ白な衣装に身を包み、すっと気品を持って立ち、長いセリフを素晴らしい滑舌で淀みなく発しておられました。お見事!ようこそ宙組へ。

 

・穂稀せりさん(若き日の難民ブコビッチ)

この方の演技次第で終演後の印象が大きく変わってしまうであろう大変難しいお役。私が拝見した8月8日(土)11時半公演、まさに見事でした。若き日の彼の哀しみと決意、哀しみ故に閉じてしまったかたくなさが伝わりました。本当に素晴らしかったと思います。

 

・夢白あやさん(優しいお姉さまが革命の戦士になっているクールなイエレナ)

夢白さんのクールなショートカットのイエレナ、かっこ良かった!苛立っていて復讐の思いが強くて、ちょっと怖い現在のイエレナ。でも本当は優しいお姉さま。ミレナもなついていました・・。

 

・愛海ひかるさん(SAPAの酒場?のダンサー、ロロ)

SAPAの違法ホテルの酒場かな?男役さんですが、そこの女性ダンサーとして登場されます。切れがあって粋でかっこいいんだ!アクアヴィーテでも、そらちゃん率いる若手ダンサーのウイスキーボンボンチームで表情豊かに踊っておられたのが印象的です。

 

・真名瀬みらさん(SAPAの違法ホテルに滞在するアーティストかな?キターブ)

私は真名瀬さんの声が好きなんだと思います。セリフがそれほど多くないのに、はっと惹きつけられる声。

 

この他、留依蒔世さんのうざいほどの存在感(褒めております)、春瀬央希さんの光沢のある赤紫のスーツ姿、違法ホテルの女主人である京三沙さんのかっこいいサングラス姿(旅立ちの時ですね)、寿つかささんの映画に心を残したポルンカの実直な公務員のロマンも印象に残りました。

 

6.惜しむらくは

この演目の一点惜しむらくは、メインテーマとなる「歌」がなかったことです(わざとだろうとはわかります)。宙組のコーラスは見事であり、キキちゃんの優しい歌声もまっぷーさんの優しい子守唄もとても素敵でした。ただ、最後に劇場を後にしたとき、口ずさみながら帰れる曲が一つでいいからあればよかったなぁと。贅沢で古風な望みですが、宝塚ファンとしてはそう思います。

ビジュアルに満足、宙組生さんの演技も素晴らしかった、楽曲と映像と舞台もぴたりと合っていた。意欲作だとも良くわかる。けれど、宝塚ファンとして後ほんの少しだけ「甘いフレーバー」が欲しかったかな?

もちろん、確信犯的に送り出された演劇意欲作だとわかった上でのささやかな願望です。何といっても、おばちゃん、さる所から出所してきたような身の上やん?そういうのも、ちょっと見たかったのよぉぉ(涙)。真風さんがかっこいいからええけど!

この厳しい状況下、日々の緊張の中で宙組の皆様が存分に演じ切った舞台。宙組の皆様、本当にお疲れ様でした。ありがとう。