代取マザー、時々おとめ

宝塚の観劇感想メインのブログ。たまたま代取(代表取締役)になったワーキングマザーの日々と哲学。

宝塚宙組・エリザベート 感想5 朝夏まなとさんのトートは愛と死と”官能”の輪舞でした

皆さま、こんにちは。昨夜、書きまくった宙組さん「エリザベート」の感想ですが、今朝、起きた時に「あ、そうか!」と分かったことがあったので、もう少しだけ書きます。

(なぜか、花總まりさんの東宝版エリザベートに関する感想で検索すると、こちらが出てしまうようですので、貼っておきます。よろしければどうぞ!)

mothercoenote.hatenablog.com

(宝塚版宙組「エリザベート」2016の感想を以下にまとめてみました。よろしければどうぞ!)

mothercoenote.hatenablog.com

 

 

宝塚歌劇団・小池修一郎先生潤色による「エリザベート」という作品は、色でたとえるなら青白い世界であり、銀色のトートの長い髪がその中できらめく、そういうイメージの舞台でした。そしてその青白い美しい世界に、黄泉の帝王であるトートが、エリザベートを迎え入れる。最後は穏やかで安らかな、静的な終焉を迎えるイメージです。

今回の宙組さんの「エリザベート」は、それが朝夏まなとさんの解釈によるのか、演出を担当された小柳菜穂子先生の演出プランによるものなのか、あるいは朝夏まなとさんの個性を深い考えに基づいて、このようなトート像に結び付けられたのか。

おそらくはそのすべての融合であろうと思いますが、非常に濃密に「官能性」を感じられる舞台になっていると思うのです。

 

朝夏まなとさんのトートは、青紫が少しまじった黒く長い髪のトート。その長い黒髪がゆらめく時、舞台に官能の波がさざなみ立ち、ゆらめくように見えるのです。

昨日、観劇していて最初、落ち着かない気持ちになったのはおそらく、その刺激によるものだったと思います。初めてみる官能性に満ちた新たなトート像。長い黒髪に加えて、鋭い視線、エロスを感じさせる手の絶妙な使い方。

しかし「感想1」に書きましたとおり、それはよくよく考えてみると、「エリザベート」という作品の原台本に示されていた、創り手の頭の中にあった両性具有的な色気に満ちたトートだったのだろうと思います。

  

官能性は「生々しさ」につながります。このトートはエリザベートによってもたらされた「生」を生きている。逆説的ですが、そういうトートに見えます。

一方、みりおんさんのエリザベートは後半、この地上に魂を半分しか置いていないかのような演技を見せておられます。

両者が最後に出会う時、トートの中に芽生えた「生」とエリザベートの中で膨らんでいった「死」が出会い結びつき融合する。そういう舞台になっていたと私は思います。

観たことがないもの、考えてもみなかったもの、そういったものに出会える舞台を観る喜びは格別です。

 

その意味では、真風さんの演じられたフランツもそうでした。親戚ですから初対面ではなく、おそらくとても久しぶりにシシィに出会った時、フランツはとても楽しそうに笑うのです。思わず笑ってしまったかのように。新鮮でした。フランツが皇帝の地位と関係なく、一瞬で恋に落ちたのだとわかる素敵な笑い声でした。一瞬の笑い声ですが、真風さんはおそらく相当、考えた上で演技をされていると思います。

 

朝夏まなとさん、実咲凜音さん、真風涼帆さん。力のある宙組のとても美しいトライアングル。これからご観劇の皆さま、どうぞお楽しみください。